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史跡巡り

  • 執筆者の写真: 真次 松村
    真次 松村
  • 3月16日
  • 読了時間: 2分

東京都町田市三輪緑山の歯医者さん

まつむら歯科医院の松村眞次です


いつも

ありがとうございます。

m(_ _)m


昨日、三月十五日。


保護猫の譲渡会「ゆめねこ譲渡会」の日でした。

日本橋で行っています。

家族は、ボランティア活動で参加しております。


私は、以前より考えていた江戸の史跡を辿りたいと

考えていたので

昨日は、一緒に行きました。


水天宮様が近いので

まずは、参拝しました。


磐城平藩の上屋敷と中屋敷が

この日本橋にありました。

それで

その付近を探訪したいと行ってきました。


上屋敷は、浜町の方にありました。

今は、区画が細かくなっていて

マンションが建っていました。首都高が真横に通ります。

江戸古地図アプリを観ながら 

動きました。


この辺りは、大名屋敷・大身旗本寄合の屋敷が多かったようです。

川沿いですので

水の運搬を利用していたようですね。


上屋敷は、殿様とその家族の住まいです。


次に

小網町にある中屋敷です。

主に執務を担当する屋敷です。

幕府の要職に就く譜代大名に与えられていたようです。

ここは、三叉路になった大きな道路と建物になっていました。


安藤家は、三河安藤家の分家で一般的に対馬守系と言われている一門です。

江戸古地図では、安藤対馬守(長門守)信正となっており

寺社奉行となっています。


奉行職の最高位が寺社奉行。

おおむね、譜代大名家が就任します。


奏者番という役目の中から

選ばれるようです。


信正公は、公武合体の時の老中です。


初代は、二代将軍秀忠公の老中でした。

その後、信友公は、八代吉宗公の老中でした。


徳川宗家にとっての

安藤家の位置が

分かります。


有名な日本橋「小網神社」の前を通過しましたが

「ギャル」達が長蛇の列を成していました。

「強運厄除け」の神社です。


私は、異様な光景にそそくさと通過しました。

ここの「道」には、よい「氣」が通っている感じがしました。

方向は、水天宮様の方角から来ます。

「氣」の方向に「宝くじ売り場」がありました。


いくつかの神社を参拝してみると

「七福神巡り」のパンフレットを目にしました。


小網神社=寿老人

水天宮=弁財天

末広神社=毘沙門天

椙森神社=恵比寿天

笠間稲荷=福禄寿

松島神社=大黒天

茶ノ木神社=布袋尊


20000歩に近づく19000歩超え


大黒様と布袋様に行けなかった(-_-;)


ちなみに

磐城平藩下屋敷は、文京区音羽 筑波附・お茶大の場所にあった


 
 
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