歯学部・歯科大学の設立の古い順番
- m-dc46
- 2025年9月9日
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東京都町田市三輪緑山の歯医者さん
まつむら歯科医院の松村眞次です
いつも
ありがとうございます。
m(_ _)m
質問されることが多いので
何度か、ブログでもコメントしてますけど
日本の歯科医師養成は、米国式です。
医師養成は、ドイツ式です。
ながらく、文部省に認めてもらえなかったのも
明治政府が、ドイツ式を優遇したからになります。
1890年 明治23年 東京歯科大学
1907年 明治40年 日本歯科大学
1911年 明治44年 大阪歯科大学
1914年 大正3年 九州歯科大学(県立)
1916年 大正5年 日本大学歯学部
1928年 昭和3年 東京科学大学歯学部(国立)
上記が、戦前からある俗に言う旧6大学です。
今は、偏差値や国家試験合格率などで評価されていますが
昭和・平成のある時期まで
この旧六は、絶対的な評価でした。
明治時代には、歯科医師教育つまり「入歯師」という江戸時代からの職業
を、学術的な系統だった教育を施し、職業として確立する狙いがありました。
しかし、東京帝国大学・京都帝国大学において
医師の仕事として取り入れる事を国に進言し、医師養成の手本となった
ドイツ式により、医学の中の1分野として位置づけされました。
現在も、ドイツでは、医者のエリートが歯科医師になっていることから
医療技術のオプション的な診療科という背景が強い状況です。
しかし、日本では、教育に時間が掛かり、独り立ちするまでに負担が大きいこと
から、ドイツの歯科医師養成には、ほど遠い状況に陥りました。
東洋医学から西洋医学へ向かう中で、帝国主義である政府は、軍医養成に重きを置き
歯科医師養成にまで、気が回らない状況でした。
そんな中で、米国式の歯科医師養成法が有り、医師とは、別に育成している事を
基に東京歯科大学の創立者が、学校を作りました。
実際の背景には、慶應義塾の出身者である面々によって、作られました。
日本歯科大学の創立者も、同じく慶應義塾の出身者であることは、知られています。
東京慈恵会医科大学においても、慶應義塾の出身者が同様に活躍され、のちに
慶應義塾大学に医学部が、設置される際に大きく貢献したと言われています。
前者は、軍医学校であったと言われています。
現在の慶應義塾大学が、医療系学部を多く持って理由でもあるでしょう。
東京歯科大学との合併話が、幾度も生まれる背景でもあります。
昭和医科大学は、医・歯・薬を含め、関連組織に看護などの養成機関を持っております。
総合的な医療人の養成機関として確固たる地位を占めています。
その背景から、昭和医科大学歯学部のレベルが上昇しています。
入試偏差値も、東京歯科大に並ぶほどです。
国家試験合格率も、上位に位置しています。
大学経営の優良学校としては、明海大学・朝日大学のグループが良い状態です。
今後の流れは、財務評価によって、大学のレベルも、上昇するだろうと
言われています。
現在、国公立大学の国家試験の合格率は、安定しています。
しかし、以前のように国家からの助成金は、減少しており
統廃合は、否めぬ状況です。
旧設校は、上記の背景により、危機感を持って、信頼回復に努め
評価を上げようと大学入試などを活用して、優秀な人材を確保するのに
懸命になっております。



