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先祖を辿る

  • 執筆者の写真: 真次 松村
    真次 松村
  • 4月25日
  • 読了時間: 2分

東京都町田市三輪緑山の歯医者さん

まつむら歯科医院の松村眞次です


いつも

ありがとうございます。

m(_ _)m


私の生まれは、福島県のいわき市平という所です。

父親は、歯科医師でした。

この父親が亡くなったときに

戸籍を基に辿る事に成り

父親が、味岡家より養子として松村家に入りました。

味岡の祖父は、次常という名前のようです。

味岡の曾祖父にあたる禮質(のりかた)という方が

明治政府の大審院判事をしていました。

62才で退職したようです。

この禮質氏は、安藤家磐城平藩士 秋間仁右衛門の二男です。

16歳の時に味岡家に養子に入りました。

23歳で味岡家の家督を継ぎ、留守居役をしております。

秋間仁右衛門は、高祖父になります。

安藤家の騒動で、美濃加納から磐城平に国替えになります。

その後、汚名返上で忠勤に励み、美濃領を返還され、1803年に

この高祖父 秋間仁右衛門は、代官として任地へ赴きます。


安藤家(対馬守系)は、安中藩や備中松山藩や美濃加納藩というように

配置換えが多いですが、歴代藩主の多くは、老中を務めています。

奏者番・寺社奉行などの要職に就いてきました。


安藤家の歴史は、資料が少なく、理由が明治時代の火事によるもので

古い資料は、その折りに焼失したと聞いています。


私は、以前より味岡家の系譜を探しておりましたが

曾祖父も、養子であったのを、今日知りました。

味岡家と秋間家の両方の系譜を知りたいと思っています。


磐城平藩では、味岡家は、百五十石

       秋間家は、百石

でした。

秋間という姓は、群馬・埼玉北東部に多いようです。

味岡という姓は、愛知県に多いそうです。

 
 
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